
対話の構造 - 自分が変わることを許せるか
最近のSNSやネット番組で論破系・正論ぶつけ合いが主流になっていることへのモヤモヤから始まり、その違和感の正体はディベートと対話の混同なのではないかという気づきへ。ディベートは前後で自分の意見が変わらないが、対話は変わることを許す営みであるという整理、ドーパミンマシン化したメディアの構造、近くで見るほど餌食になるという話を語る。反応させることが勝ちパターンになった社会の経済合理性、迷惑系が経済合理的に振る舞っている構造、洗練されたドーパミンと中途半端な煽りの違いまで深掘り。最後は経験の深みは自分が変わった回数で決まり、対話とは自分が変わることに開かれている態度のことだという話に着地する対話。
The skinny
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