
主の御前で誠実に生きる(ヨシュア記 9章)
ところがギブオンの住民は、ヨシュアがエリコとアイに対してしたことを聞き、賢く立ちまわった。 (ヨシュア記9章3節~4節) この世の中は、何とか自分を有利にしようと、賢く立ちまわる策で溢れています。 ヨシュア率いるイスラエルの人びとがエリコとアイにしたことを聞いたギブオンの人びとも、策を講じて賢く立ちまわりました。すなわち、実際はカナンの住民なのに、遠い国に住んでいると偽って、ヨシュアと和を講じて、命を保証する協定を結ぶことに成功したのでした。 このとき、ヨシュアやイスラエルの指導者たちは、主なる神の指示を求めませんでした(14節)。ですから、彼らにも落ち度はあります。主の御心を祈り求めることが必要だったでしょう。他方、ギブオンの人びとは、イスラエルの人びとを欺くことはできても、彼らと共にいます主なる神を欺くことはできません。結局、ヨシュアたちに真実を知られるところとなり、命は保証されましたが、奴隷として彼らに仕えて生きなければなりませんでした。欺きの罪に対する主なる神の呪いです(23節)。 この世の中で、私たちが陥りがちな罪の一つに偽善があります。しかし、主なる神は、私たちの心の中までご存じです。心の中で自分への賞賛や栄光を求めるならば、欺きの罪でしかありません。人は欺けても、主なる神を欺くことは不可能です。主なる神の御前で誠実に生きましょう。 【祈り】…
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