
主の憤りは極まり(哀歌 4章)
主の憤りは極まり 主は燃える怒りを注がれた。 シオンに火は燃え上がり 都の礎までもなめ尽くした。 わたしたちを苦しめる敵が エルサレムの城門から入るなどと 地上の王の誰が この世に住む誰が、信じえたであろう。 (哀歌4章11節~12節) バビロン捕囚で受けた神からの呪いは激しく、想像を絶するものがありました。「山犬ですら乳を与えて子を養うというのに、わが民の娘は残酷になり、荒れ野の駝鳥のようにふるまう」(3節)。「憐れみ深い女の手が自分の子供を煮炊きした。わたしの民の娘が打ち砕かれた日、それを自分の食糧としたのだ」(10節)。 しかし、これは、「もし主の戒めを守らないならば」と、あらかじめ宣告されていたことでした。「あなたは敵に包囲され、追いつめられた困窮のゆえに、あなたの神、主が与えられた、あなたの身から生まれた子、息子、娘らの肉をさえ食べるようになる」(申28章53節)。 信じがたい悲しいことですが、子どもを虐待して飢え死にさせたり、暴力をふるって死なせたりすることは、現代の私たちにも起こっています。人類の罪深さがもたらす悲惨さは、日本社会にも表れています。 そこで、4章最後の言葉が、救いへの希望となります。「おとめシオンよ、悪事の赦される時が来る。再び捕囚となることはない」(22節)。
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