
自己実現か神の御心の実現か(士師記 8章)
すべてのイスラエルが、そこで彼に従って姦淫にふけることになり、それはギデオンとその一族にとって罠となった。 (士師記8章27節) 士師記8章には、ギデオンの悪い意味での人間性が表れています。ギデオンは、マナセ族という小さな民の、さらに最も小さな家族の、さらにその中でも最も年少者の、とても非力で気弱な若者でした。 けれども、たった三百人で五百倍の軍勢を打ち倒すという大勝利を収めたあと、彼に変節が生じました。彼は、自分は王にはならないと語りながら、実際には王のように振る舞いました。彼は金を集めて、金のエフォドという祭服を作り、それをまとって大祭司の役割を果たしました。さらに彼は息子の一人を「アビメレク(わが父は王)」と名付けました。 そのギデオンの逸脱によって、イスラエルの民もまた神から離れ、一時栄華を極めた彼の一族も落ちぶれていってしまうのです。勝利の後の慢心が、非常に分かりやすいかたちで、ギデオンにも現れました。 歴史に名を馳せるような成功は、ギデオンのような人物にも、自分を見失わせる誘惑となります。大きな成功を得るとき、その陰で、ふと神のことを忘れてしまうことがある。そういうときに、コンプレックスや執着を含んだ自己実現が表に出て来て、神の御心の実現に仕える道を阻んでしまうのです。 【祈り】…
The skinny
The skinny isn't ready yet — notes appear once the transcript is processed.