
主のご生涯を思い起こし過ごす断食(イザヤ書 58章1-14節)
飢えている人に心を配り 苦しめられている人の願いを満たすなら あなたの光は、闇の中に輝き出で あなたを包む闇は、真昼のようになる。 (イザヤ書58章10節) 主のご受難を覚える季節のなかで、教会は一つ、「断食」をその習慣としてきました。その目的を、御言葉はどのように教えてくれるでしょうか。 ヨエル書は告げています。「今こそ、心からわたしに立ち帰れ、断食し、泣き悲しんで。衣を裂くのではなく、お前たちの心を引き裂け」(2章12、13節)。断食は罪を泣き悲しむことの発露としてなされます。何かを食べないことに力点があるのではありません。自分の・自分たちの罪を悲しむことです。悲嘆に暮れるとき、喉は食べ物を通さなくなります。悲しむことです。泣くことです。泣かずにはおれない。そこで、神は悲しむ者に慰めを与えてくださる、神を新しく愛し始めることをおゆるしくださる、その時を待つことに力点があります。 イザヤ書には「わたしの選ぶ断食とはこれではないか」と、「飢えた人にあなたのパンを裂き与え…、同胞に助けを惜しまないこと」が教えられています(58章6、7節)。隣人愛の発露としての断食です。パンを食べないのは隣人が食べるため、与えられた愛は共に生きる人と分かちあうため。そのような断食は主イエスのご生涯を映し出してもいます。…
The skinny
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