
わたしが主であることを知れ(エゼキエル書 14章)
「そのときお前たちは、わたしが主であることを知るようになる。」 (エゼキエル書14章8節) この箇所は、エゼキエルのもとに来た長老たちに語られた言葉です。彼らは主の御言葉を聞くためにエゼキエルのところに来ましたが、彼らは主だけではなく複数の偶像を心の中に抱いています。つまりは偶像礼拝をしながら、主の御言葉にもあずかりたいと願っています。彼らは主なる神と偶像を同列においています。そして、いくつかの選択肢の中から自分たちにとって都合の良い言葉だけを選ぼうとしています。それは自らの思いを最優先にする偶像礼拝でもあります。 そのような考えでは、人びとの罪を明らかにし、叱責を告げる主の言葉は退けられてしまいます。当然、自分たちの罪を悔い改めることもなく、生活を改めることもなく、ただ自分たちを肯定してくれる環境に安住してしまうのです。もちろん、そのような者たちの願いを主はお聞き届けにはなりません。そのような者たちに主は裁きをもって応えられます。実に厳しく感じられます。 しかし、その裁きによって主は、彼らが「わたしが主であることを知るようになる」ことを望んでおられます。そして、彼らを偶像から離れさせようとしておられます。外面的だけではなく、心の中から偶像を取り去ることを主は望んでおられるのです。 【祈り】…
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