
目で見ず心で悟らず立ち帰らない(ヨハネによる福音書 12章)
「光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい。」 (ヨハネによる福音書12章36節) 主イエスがラザロを生き返らせたことは、主イエスがメシアであることの決定的な「しるし」でした。目撃した人びとはその奇跡を広め、大勢の群衆はエルサレムに入城する主イエスをなつめやしの枝を振って歓迎しました。それは、敵対していたファリサイ派の人びとも「何をしても無駄だ」とあきらめるほどでした。 しかし、群衆の期待は、イスラエル民族の解放であり、この世的な救いだったのです。主イエスが「一粒の麦は、地に落ちて…死ねば、多くの実を結ぶ」と語り(24節)、また「人の子は上げられなければならない」と告げて(34節)、御自身の十字架の死を予告したとき、たちまち彼らの心は離れていきました。福音書は、イザヤ書を引用して「神は彼らの目を見えなくし、その心をかたくなにされた」と言い(40節)、旧約の預言が成就したのだと示します。彼らは目で見ず心で悟らなかったのです。 神の言葉は、私たちを救いに導く福音であり、喜びへの招きです。しかし一方で、これを信じないなら決して救われることはないと告げる裁きの言葉でもあります。主イエスは、御自身が十字架の上に上げられ、さらに天に上げられるとき、すべての人を引き寄せると言われました(32節)。主イエスのこの真実な招きに、きょうお応えしましょう。 【祈り】…
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