
燃え盛る炎を越えて(ダニエル書 3-5章)
「そうでなくとも、御承知ください。わたしたちは王様の神々に仕えることも、お建てになった金の像を拝むことも、決していたしません。」 (ダニエル書3章18節) 出エジプトにおけるアロン、王国時代におけるヤロブアム。イスラエルは、金の像を拝み神の裁きが下される悲惨な歴史を経験してきました。 ユダヤ人の3人の若者は、バビロンの王を通して同じ試練の前に立たされます。拒むことは、燃え盛る炎に投げ込まれることを意味しました。 燃え盛る炎を前にした彼らの答えは二重の響きを持っています。一方で彼らは、神がそこから救い出してくださる方であることを疑いません。しかしもう一方で彼らは、「そうでなくとも」、と祈ります。たとえこの状況から救い出されなかったとしても、「金の像を拝むことはない」、と言うのです。 神は全能です。しかし、人の思いは必ずしも神の御心と同じではありません。彼らはそれを踏まえた上で、神の導かれることが最善であると委ねます。燃え盛る炎に投げ込まれてすべてが終わる、ではなく、その向こう側を見ているからこその言葉です。 バビロンの王は、炎の中に「神の子のような姿」を見ます。それは「御使い」だったと語られます。そして、私たちには、死をも越えるまことの神の子がはっきりと示されています。この方が共におられるがゆえに、燃え盛る炎を越える、神の最善を求める祈りが私たちにも与えられます。 【祈り】…
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