
本当の言葉が残される(エレミヤ書 44章)
「そのときエジプトへ移って寄留したユダの残留者はすべて、わたしの言葉か、彼らの言葉か、どちらが本当であったかを悟るであろう。」 (エレミヤ書44章28節) エレミヤは、バビロンの報復を恐れてエジプトに逃亡してきた民に神の言葉を伝えます。それは懲りずに偶像礼拝を繰り返す多くの者は滅ぼされ、少数の者しかユダの地に帰れない、という言葉でした。 しかし、その言葉に対して異教の礼拝がすでに生活の中心になっていた人びとから反論が起こります。昔から天の女王に礼拝をささげてきたからこそ豊かな暮らしをすることができたのだ、むしろその礼拝をやめてしまったから、滅亡の状態に陥ってしまったのだ、と。 その言葉を受けて今度はエレミヤが反論します。その偶像礼拝によって災いが臨んだのだ。そしてその災いはまた起こる。そのとき神の言葉か、あなたがたの言葉か、どちらが本当であったかを悟るであろう。そのようにエレミヤは言葉を重ねます。 ここには両者の歴史観、世界観の違いが明確に現れています。多くの者は生活の豊かさを追い求めて天の女王を礼拝しました。エレミヤを通して語られた神の言葉は、彼の生涯を通じてほとんど聞かれることはありませんでした。しかし、エレミヤの言葉は残されます。何度も彼が語りかけたように、神は人に滅びではなく命への道を開き続けておられるからです。 【祈り】…
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