
主が私たちを知り、私たちが主を知る幸い(ヨハネによる福音書 10章1-21節)
「わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。」 (ヨハネによる福音書10章14節) 自分のことを「良い」という人と会ったことがあるでしょうか。あからさまにこのように言う人はめったにいないでしょう。主イエスはかつて偽預言者を羊の皮をまとう貪欲な狼にたとえました(マタ7章15節)。それほどに悪は善を装うのでわかりにくいものです。それで主イエスは、その人が良い実を結んでいるか、よく見極める必要があると教えました。 きょうの箇所で、主イエスは大胆に「わたしは良い羊飼いである」と言われます。驚くべきことに、羊飼いである主イエスが羊である私たちを知っておられるだけでなく、羊である私たちも主イエスを知っている、と言われます。私たちが主イエスを知るとは、私たち自身の業ではなく、主イエスが私たちのことを知っておられる、その神の御業に基づいているということです。それゆえ、「父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである」と言われるほど確かなものなのです。 私たちはやがて、指の間からこぼれ落ちる砂のように、知っていることを忘れるかもしれません。信じますという言葉も声がかすれて言えなくなるかもしれません。しかし、主が私たちを知っていてくださるという一点において、私たちは深いところで主を知る者とされているのです。 【祈り】…
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