
神の言葉に生きる(マタイによる福音書 15章)
「それなのに、あなたたちは言っている。『父または母に向かって、「あなたに差し上げるべきものは、神への供え物にする」と言う者は、父を敬わなくてもよい』と。こうして、あなたたちは、自分の言い伝えのために神の言葉を無にしている。」 (マタイによる福音書15章5節~6節) ファリサイ派の人たちや律法学者たちは、何かにつけて主イエスや弟子の行動に言いがかりをつけました。きょうの箇所でも、食事の前に手を洗わないことは、言い伝えを破ることだと言ってきました。主イエスは、この言いがかりに対して直接答えようとはされません。言い伝えを守るかどうかは、本来どちらでも良いことだからです。主イエスは、「なぜ、あなたたちも自分の言い伝えのために、神の掟を破っているのか」と言って、きょうの聖句を語られます。 神は私たちに聖書を通して、「あなたの父と母を敬え」と教えておられます。しかし、「言い伝え」によれば、「神への供え物にする」とひと度決められたものは、たとえそれが父と母を養うのに必要なものであっても、変更することはできませんでした。また、その「言い伝え」を悪用し、父と母を養わない言い訳にする人もいました。それは神が求められる愛を踏みにじる行為であり、「神の言葉を無に」するものです。 私たちは、主イエスに救われた者として、どのように生きるのでしょうか。本当に神の言葉に生きる。そのことが問われています。
The skinny
The skinny isn't ready yet — notes appear once the transcript is processed.