
強く雄々しくあれ主は共にいる(ヨシュア記 1章)
「わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる。」 (ヨシュア記1章9節) 出エジプトしたイスラエルの民は、荒れ野の四十年の旅を終え、約束の地カナンの地に入ろうとしています。1章は、モーセの後継者となるヨシュアへの、主からの語りかけで始まります。主は、ヨシュアを励まします。「強く、雄々しくあれ」(6節)。 これからカナンの地に攻め上って行くことを考えると、「強く、雄々しくあれ」というのは、武力的な強さや戦いのための勇気を言っているように思われます。しかし、そうではありません。 たとえば、詩編27編14節に、「主を待ち望め、雄々しくあれ」とあります。詩編31編25節でも、「雄々しくあれ、心を強くせよ、主を待ち望む人はすべて」とあります。雄々しくあることは、主を待ち望むことなのです。また、ヨシュア記1章7節では、強く雄々しくあることが、律法を忠実に守ることにつなげられています。そうすれば成功すると。 結局、強く雄々しくあることは、主が共にいることを信じて依り頼み、律法を守って主と共に歩むことになります。その反対は、主に信頼しないことで、うろたえたり、おののいたりすることです(9節)。律法から逸れて、主と共に歩まないことです(7節)。共にいてくださる主に依り頼み、お従いしつつ、歩みましょう。…
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