
恥が満ちる世の中で主の憐れみを求める(詩編 123編)
わたしたちを憐れんでください。主よ、 わたしたちを憐れんでください。 わたしたちはあまりにも恥に飽かされています。 (詩編123編3節) きょうの御言葉は、主に憐れみを乞い求めるものです。その憐れみを求める理由は、聖なる神を冒涜する汚れや罪による恥が私たちの周囲を取り囲むように満ちているからです。 私たちはそのような境遇におかれている自覚がどれほどあるでしょうか。商品の宣伝やメディアの喧騒等の中で、私たちの目もいろいろなものに奪われがちです。しかし、詩編123編は、「目を上げて、わたしはあなたを仰ぎます」「御覧ください、僕が主人の手に目を注ぎ、はしためが女主人の手に目を注ぐように、わたしたちは、神に、わたしたちの主に目を注ぎ、憐れみを待ちます」と、その目を絶えず、主に注ぐのです。 なぜ主の憐れみが必要なのでしょうか。弱く、罪と悪に誘われやすい堕落した罪人は、救いに至る恵みの賜物を必要としているからです。それは、自分が見ているものに頼るのではなく、「天にいます方」に依り頼む道です。命と希望の源であり、いつも私たちと共におられる主である神、十字架において私たちの罪を清め、天の王座に着かれた主キリストを見つめ続ける祈りの道です。 私たちを憐れんでくださる主にたゆまず祈りをささげて、この世の中で命の福音の光を輝かしましょう。 【祈り】…
The skinny
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