
わたしは正しい言葉を求めて祈る(箴言 26章)
分別を失った者が、火矢を、死の矢を射る。友人を欺く者はそれに等しい。しかも、「ふざけただけではないか」と言う。 (箴言26章18節~19節) 26章は、大きく三つに分けられます。最初は愚か者についての考察です。そこでは特に、愚か者が自らを賢者だと誤解することの災いが語られています(1、5、8、12節)。 続いて、怠け者の様子が短く描写されますが、ここでもまた「怠け者は自分を賢者だと思い込む」との言葉があり(16節)、愚か者の個所と同じ心配がなされています。 そして、17節以下では、具体的な愚かな行動として、自分に関係のない争いに口出しする様子が描かれています。それは大変危険なことなのですが、愚か者にはそのような「分別」がないので、言葉の矢を好き放題に放ちます(18節)。 そしてそれをとがめられると、「ふざけただけではないか」と開き直ります。けれども、箴言ははっきりと「陰口を言う者が消えればいさかいは鎮まる」と本質をついています(20節)。 これは、私たちの社会で今起きていることをそのまま描いているような思いがします。SNSによる誹謗中傷が横行しているにもかかわらず、何が正しいのかさえ決めあぐねているからです。しかし、そこで大切なのは、わたしも愚か者ではないかと問うことではないでしょうか。 【祈り】…
The skinny
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