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リジョイス聖書日課
リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。
Episodes
リジョイス聖書日課その時に備えなさい(マルコによる福音書 13章)
「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。」 (マルコによる福音書13章32節~33節)…
リジョイス聖書日課人間の思いを超えて(サムエル記下 17章)
アブサロムも、どのイスラエル人も、アルキ人フシャイの提案がアヒトフェルの提案にまさると思った。アヒトフェルの優れた提案が捨てられ、アブサロムに災いがくだることを主が定められたからである。 (サムエル記下17章14節)…
リジョイス聖書日課苦悩の中で(サムエル記下 16章)
「主がわたしの苦しみを御覧になり、今日の彼の呪いに代えて幸いを返してくださるかもしれない。」 (サムエル記下16章12節) アブサロムがエルサレムで勝利を宣言している間、ダビデは逃亡を余儀なくされます。その時、ダビデは、若いころ、サウル王に命を狙われて荒れ野を逃亡した経験を思い出していたかもしれません。…

リジョイス聖書日課ゆるされるべきもの(サムエル記下 14章)
「わたしたちは皆、死ぬべきもの、地に流されれば、再び集めることのできない水のようなものでございます。神は、追放された者が神からも追放されたままになることをお望みになりません。そうならないように取り計らってくださいます。」 (サムエル記下14章14節)…
リジョイス聖書日課慈しみ深い主(詩編 107編)
苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと 主は彼らを苦しみから救ってくださった。 (詩編107:6,参照13,19,28節) 主に感謝せよ。主は慈しみ深く 人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。 (詩編107:8,15,21,31節) (詩編107編6節、8節他) 詩編第5巻最初の107編は神賛美で始まります。…
リジョイス聖書日課神のものは神に返す(マルコによる福音書 12章)
彼らがそれを持って来ると、イエスは、「これは、だれの肖像と銘か」と言われた。彼らが、「皇帝のものです」と言うと、イエスは言われた。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」彼らは、イエスの答えに驚き入った。 (マルコによる福音書12章16節~17節)…
リジョイス聖書日課主イエスの後に従う群れ(マルコによる福音書 11章)
そして、前を行く者も後に従う者も叫んだ。 「ホサナ。 主の名によって来られる方に、 祝福があるように。 我らの父ダビデの来るべき国に、 祝福があるように。 いと高きところにホサナ。」 (マルコによる福音書11章9節~10節)…
リジョイス聖書日課憎しみの果て(サムエル記下 13章)
その後、こういうことがあった。 そして、アムノンは激しい憎しみを彼女に覚えた。その憎しみは、彼女を愛したその愛よりも激しかった。 (サムエル記下13章1節、15節) まるで小説の題材になるようなことが、ダビデの子どもたちの間で起きました。…
リジョイス聖書日課嘆きとその向こう(サムエル記下 12章)
主はその子を愛され、預言者ナタンを通してそのことを示されたので、主のゆえにその子をエディドヤ(主に愛された者)とも名付けた。 (サムエル記下12章24節~25節) この章は1節から25節を一気に読まなければなりません。預言者ナタンの叱責、ダビデの悔い改めと嘆き、その子の死と激しい悲しみ、そして、ソロモンの誕生。…

リジョイス聖書日課曲解せずに(サムエル記下 10章)
ダビデは、「ハヌンの父ナハシュがわたしに忠実であったのだから、わたしもその子ハヌンに忠実であるべきだ」と言って、使節を遣わして哀悼の意を表そうとした。 (サムエル記下10章2節)…
リジョイス聖書日課自分を賢者と思い込んでいる者の愚かさ(箴言 26章)
犬が自分の吐いたものに戻るように 愚か者は自分の愚かさを繰り返す。 自分を賢者と思い込んでいる者を見たか。 彼よりは愚か者の方がまだ希望が持てる。 (箴言26章11節~12節) 「愚か者」は箴言に49回出てきます。賢い者は愚かさを知っています。主イエスも両者の対比を用いられました(マタ7章24~27節)。…
リジョイス聖書日課すべての人の僕になること(マルコによる福音書 10章)
「しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。」 (マルコによる福音書10章43節~44節)…
リジョイス聖書日課イエスをお遣わしになった方(マルコによる福音書 9章)
そして、一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ、抱き上げて言われた。「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」 (マルコによる福音書9章36節~37節)…
